2014年11月26日水曜日

入試の英語

今日の朝日新聞に、入試の英語に対してどうあるべきかという二人の意見が載っていた。

それぞれ誰が喋ったものとかは載っていなかったのだが、その中で興味をひかれる意見があった。

それは例えばノーベル賞の科学系の受賞者に、韓国人や中国人はいなくて、アジアでは日本人ばかりだということ。

これは、ひとえに日本人の賢さを示すものだと思っていたが、

そうではなく、日本語で最先端の学問ができるからだという。

日本語の物理学、化学、生理学にはそれだけの蓄積があるということだろう。

技術的にも、環境的にもそうなのだろうと思う。

それはつまり、日本語による情報の蓄積のおかげであるとも言えるのである。

だから、「よみかきそろばん」みたいにすべての人が、英語を操れる必要性がないのだ。

なるほどなあ、である。

確かにこれからの世の中、英語ができないとビジネスはできないだろう。

グローバルな結びつきが必要だから。

そういう系統の学部でしかも、将来、ビジネスに役立つ人材を輩出したい大学もあるだろう。

そういうところは、TOEICなどを使えばいいと思う。入試にしてもそちらよりにすればいいと思う。

でも大学は、グローバルな企業の社員を育てるためだけの学校ではない。

専門的な学問をするための場であるはずだ。

そこで学んだことが、将来役立つ必要はないのである。

読めれば良い、せいぜい書ければ良い。

たしかに大学入試にリスニングはナンセンスだろうと思う。












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