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2015年1月8日木曜日

七草がゆ

昨日、1月7日に七草粥を食べた。

七草とは、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ の七種類の草である。

これをおかゆに入れて7日の朝食に食べる風習がある。

平安時代に始まった風習だが、室町時代の時代の汁物が原型とされる。

ちなみに、この7日なのだが、てっきり、七草だから7日かと思っていたら、全然違っていた。

たとえば5月5日みたいに節句だというわけ。

人日の節句と言う。

もちろん、3月3日や9月9日もある。

だがまてよ。

なんで1月7日だけ月と日にちの数字が違うのだろう・

ちょっと不思議。

なんでかはわからないが、江戸幕府では公式行事になっていたというから、江戸時代には完全に定着したのだろう。

今は、草自体がなくて、スーパーなどでセット売りしている。

2015年1月2日金曜日

あけましておめでとうございます

新年の挨拶は、句点や読点は切れることになるので、マナー違反なんだって。

正直知らなかった。

それから、「新年あけまして」というのも、「危険が危ない」や「馬から落馬」みたいにダメらしい。

そのへんのところはなるほどとは思うけれど、言われてみれば、と納得ではある。

ただ、何行かにわたって書くのは問題ないらしい。

それも「切れる」という意味では縁起が悪そうではあるのだが。

まあ、「縁起」なので、そう言われればそうなのだろうという他はない。


とりあえず、今年も年が明けた。

初詣は金光様と吉備津吉備津彦両神社。

金光様では、辻先生に逢ったぞ。

それにしても、金光様の御神酒は高価だと思う。

もちろん、車の運転があるので「おみジュース」をいただくのだが、これのおまけが高価なのだ。

おまけは「お餅」

帰りがけに浅口物産展で見ると、1個130円。

金光まんじゅうが70円のご時世。そのくらいはするのかもしれないが、それをただでみんなにくれるあたり、
金光様のふとっぱらを感じずにはいられない。

これに御札のような色紙のようなのもくれるわけだ。


合格祈願と日々修行みたいな意味のやつをもらった。

こちらはまあ、それほどお金はかかっていないと思うが、なんとなくありがたみがある。

まあ、例年のこととは言え、ちょっと豊かになれる初詣である。

2014年1月4日土曜日

あけましておめでとうございます。

今年も年が明けた。

とにかく、一般の人と違い、年末年始の節目がない塾業界。

でも、今休みなのだから、かならずしもそうとばかりはいえないかも。

とにかく、波乱の一年だった。

昨年は何かが終わった気がする。

今年は何かが始まる気がする。

特に根拠はないのだが、なぜかそう思う。

長いトンネルを抜けて、新しい年が始まったのだ。

泉谷しげるではないが、そんな気がするのだ。

今年、1年が希望に満ちた年になりますように・・。

2013年12月12日木曜日

今年の漢字2013

今年を表す漢字は「輪」に決まった。

清水寺の森清範貫主が大きな紙に大きな筆で書いた漢字は「輪」。

応募の漢字の中で最も多かったのが、この漢字だったらしい。

もちろん、東京オリンピック招致決定、というのが大きな話題だったから、
というのが大きな理由だろう。

ワールドカップの代表に決まったことや富士山が世界遺産に登録されたことも「輪」を示すとか。

「輪になって応援」「輪になって喜ぶ」とかの意味があるのだろう。

自分自身としては、「輪」は「和」に通じると思う。

「和食」も「世界無形文化遺産」に登録されたが、
「和」そのものは、「仲がよい」とかいう意味が元の意味だ。

何年か前の「絆」がそうであったように、「輪」も「人と人のとのつながり」を示しているように思う。

個々に孤立した人々。

今、つなぐ何かに人々の心が集まっているような気がする。







2013年9月24日火曜日

彼岸の中日

昨日9月23日は秋分の日。彼岸の中日である。

昼の長さと夜の長さが同じなのが年に2回ある。それが春分と秋分である。

そして、それがまたお彼岸にあたり、彼岸の中日などという。

この場合の中日は名古屋のことではない。もちろん、ドラゴンズとは何の関係もない。


ところで、お彼岸といえばお線香。

イマドキのお線香は、煙がでなかったり、コーヒーの香りがしたり・・。

そもそも線香は煙が出てこそだろう、と思わないでもない。

まあ、昨今、煙の出ない煙草があったりするから、煙の出ない線香も同じ技術で可能なのだろう。

でも、コーヒーの香りの線香はちょっと・・。

バラの香りってのもいいかも。

香水みたいにいろいろ楽しめるといいね、いいけど、なんかそぐわない。

癒しの空間、そうそう、アロマテラピーだ。

ミスマッチ?


我が家は、22日に普通の線香を持ってお参りした。

2013年8月8日木曜日

8月7日

8月7日と言えば私の誕生日である。

何回目の誕生日なのか、いつごろからか数えていない。

年を取ることが必ずしもよいことではなくなってきたからだろう。

暦の上では立秋となることが多い。今年がどうだったかまではわからない。
もちろん、猛暑は続き、1年で一番暑いくらいだ。

また、6日、9日はそれぞれ広島長崎に原爆投下された日である。

今日8日からは甲子園の夏の大会が始まる。

15日の終戦記念日、お盆を控えて何かと節目になることが多い。

今年の夏は小学部に変わって初めての夏。

厳しい・・のひとことに尽きる。

ただまあ、ある程度システマチックなので、耐えられないつらさではないともいえる。

この夏を乗り切って、またひとつ成長しようじゃないか。



2013年7月7日日曜日

織姫と彦星

今日は7月7日。
七夕である。

ところで、1年に1度だけ逢える織姫と彦星の関係は?
という質問に対し、大半の人は「恋人」と答えるという。

もちろん、「夫婦」が正解。
「1年に1度だけ逢える」と言うフレーズだけで恋人同士を連想してしまうのだろう。

言い伝えによると、
勤勉だった二人が結婚して、怠惰になったので、
二人は天の川を隔てて引き裂かれたわけである。

そして、晴れて二人が逢えることを願い、
短冊には自分たちの願いを託すわけである。

まあ、宇宙のことであるから、
地球上に雲があろうが雨が降っていようが関係ないわけだが、
昔から、雨が降ったら二人は逢えないことになっている。

なんという天動説的発想!!

もっとも、二つの星は天文学的には、
たとえ光の速さで進んでも、1年以上かかる距離にあるわけだから、
雨が降ろうが、晴れだろうが、年に1度も逢えるはずはない。

まあ、そんなことを考えて空を眺めてもおもしろくもなんともなくなってしまうだけだが・・。

ままならぬ地球上のストレス解消として、
星への願いを託して、何も考えずに夜空を眺めるのも「癒し」にはなるだろう。

この地方では、まだ梅雨は明けてはいないようだが、
「晴れたらいいな。」と思う。




2013年5月26日日曜日

金光地区体育祭

開会式には栗山市長は言うに及ばず、加藤官房副長官も来席。
なかなか大きな大会のようでもあった。

今年は小三宅自治組合?(町内会みたいなもの)の役員(みんな3年ごとに役員になる)なので、
お手伝いにでかけた。

例年土日は忙しく、お手伝いも何もできないのだが、今回は日曜日が休みなので、
開閉会式の頭数のためと、後片付けのために出かけたのだ。

選手として出場するでもなく、子供の応援をするでもないので、ひがな観戦しただけであった。

おかげですっかり日焼けしてしまった。(テントには入らなかった。)
まあ、たまにはこんなのを観戦するのもいいかもしれない。

とりあえずお昼のお弁当はもらっておいた。(断ったんだけれどどうしてもくれるというので)

わが地頭下地区は第11位(12地区中)。ブービー賞ぐらい欲しかったが、
そういうのはないみたいだった。

特に子供の元気にはエネルギーを少しわけてもらった感じはする。

さあ、明日からもがんばろう!

2013年3月10日日曜日

コンクラーベ

「根競べ」と発音が似ているので、意味も似たようなものかと思ってしまう。
ラテン語でコンクラーベと言い、英訳するとwith a key 。「根競べ」ではなさそうである。

「鍵のかかった部屋」に枢機卿を閉じ込めて、新しい教皇を決めるので、この名前がついたという。
要するに「教皇選挙」というような意味なのだろう。

教皇を選ぶのに3年近くも月日を費やしたのがきっかけで、早く決めるためにこのようにしたのだ。

選挙期間中枢機卿が街々にでかけて選挙運動をしていたら、いつまでたっても決まらないので、閉じ込めればきまるだろう、というちょっと安易とも思える発想だが、現実はそのように動いている。

1271年からこの習慣が始まったという。

それにしても、今回のようになかなか決まらないと、ほんとうに「根競べ」という気がする。

我慢強い人がローマ法王になるといいと思う。?



2012年12月22日土曜日

冬至

12月21日は冬至だった。
1年で昼の長さがもっとも短い日である。

古代エジプトの昔から1年の始まりをこの日にしたにちがいない。

新年というのは本当は今日からだろう。
太陽暦という限りにおいて。

だから、1月1日も、クリスマスもこの日の近くにある。

だってだれもキリストの誕生日を知っているわけはなかろうし、
生まれた年さえ間違えていたという話だから。

それに1年の最初を決めたところで、
1日は自転、1年は公転で決めたのでは、ピッタリ365日になんてなるわけない。

いくらうるう年を作っても。

そりゃあ、長い年月の間にはずれも生じようというもの。

そのため、冬至と新年がずれているのではないか?

そりゃあちがうだろうな。

まあ、どっちにしても、本当はこの冬至が1年のはじまりであり、終わりであったと思う。

そういえばマヤ暦で地球滅亡といわれたのが今年のこの日だし。

閑話休題。

ゆっくりゆずぶろにつかり、かぼちゃを食べる。
それはまあ、極楽極楽。

極楽って、天国と一緒で死んでから行くところ?

2012年12月13日木曜日

今年の世相漢字は「金」。

2000年シドニーオリンピックと同じだ。

でも金メダルラッシュに沸いたシドニーに比べ、「金」の数は少なかったように記憶する。

「銀」や「銅」が多かったためだ。

ただ、今年はそれを補って余りある「金」があるようだ。

たとえば「金環日食」、山中教授のノーベル賞。スカイツリーも「金字塔」だという。

なるほど、といえば言えなくもない。

朝日新聞の天声人語では、北朝鮮の指導者も「金」ではないか。
拉致、ミサイルなどの問題に絡めて述べられていた。

わたしは「カネ」ともよめるなあ、と思っている。

確かに、広く国家的にデフレ下での「カネ」でもあるが、
個人的な状況の中での「カネ」がどうしても連想されてしまう、今日この頃である。


2012年8月29日水曜日

ドラえもんの科学未来展

岡山デジタルミュージアムで「ドラえもんの科学未来展」が開かれている。

(どうでもいいことだが、「どらえもん」で入力したら、「ドラえもん」とちゃんと「ドラ」がかたかなで「えもん」がひらかなで出てくるんだなあ。)

ひみつ道具を最新の科学で再現しているわけだ。

たとえば、「スーパー手袋」をはめると握力が増幅され、かたいボールが木っ端微塵になると言う。

(スーパーマーケットで使用する、あるいは打っている手袋とかいうおちではないようだ。)

透明マントは「再帰性投影技術」という技法を使っているらしい。
(要するにマントはスクリーンで反対側にプロジェクターから反対側を映しているだけ)

さらにはタケコプター。
世界最小のヘリコプターが展示されている。

聞くところによると、タケコプターは場を無重力状態にする装置なのだそうだ。
だとすれば、これら科学による再現は全部ニセモノということになる。

どっちがニセモノかはなんとも言えないが・・。

2012年3月21日水曜日

最古の木造校舎の最後の卒業式

国内最古の木造校舎とされる、岡山県新見市立吹屋小学校で閉校式があった。

文字通り、最後の卒業式である。(閉校式はそのあと)

1873年に開校した吹屋小。1900年に移転し、現在の位置に現在の校舎になったという。

1900年といえば、日清戦争と日露戦争のはざ間。

ロシアに対して敵対はするものの、強国ロシアに対してはさすがに腰が引ける日本。

1902年に日英同盟を結び、ロシアとの決戦に進んでいく。

アジアでの地位を確立していっている真っ最中。

当時、まさに売り出し中の国である。

そのころからずっと日本を見てきた木造校舎。

大正、昭和を経て、戦後、高度経済成長、バブル崩壊、少子高齢化社会など。


現在放映中の朝ドラ「カーネーション」のロケにも使われたというから、まさに骨董品。

観光施設として検討中とのこと。

2012年3月3日土曜日

ひな祭り

あかりをつけましょ、ぼんぼりに・・というあの「ひなまつり」・・。

「うれしいひなまつり」だっけ。

記憶があいまいでいかんなあ。

まあ、どちらにしても歌詞と作者は確かだ。

サトウハチローさん。

きょう(3月3日)の朝刊の付録みたいな新聞にサトウハチローさんのこの歌のことが載っていた。

載っていたはいいのだけれど、あまりよくは書かれていなかった。

もちろんここまで知られたわけだから、すばらしい歌(詩)であることには間違いないのだが、
作者のサトウハチローさんは捨てたいくらい嫌っていたのだという。

この詩の作者であることを嫌がるくらい。

何がどう問題なのかというと、
新聞にはまず、歌詞の「お内裏様」とか「左大臣だか右大臣」だかのところなんだって。

お内裏様はお鄙とめ鄙がいてお内裏様は男の方のお雛様を指すわけではないとのこと。

もっともお雛様だって女のほうを指すわけではないのだから。

お内裏様とお雛様が二人並ぶわけないでしょう・・。
という言葉の問題。

もうひとつが詩情を大切にするサトウハチローが
情景を書いただけで詩情を全く含まないこの作品を嫌ったとも。

物語などもそうなんだけれど、知れたってしまえば、
作者の意図などどうでもよくなるのが、芸術作品のおもしろいところ。

そういう意味でも芸術家にとってその作品は、子供みたいなものなんだろうなと思う。
芸術家ではないけれど。



2012年2月3日金曜日

2月3日

2月3日といえば、節分。

つまり、暦の上では「春」

たぶんこれからもまだまだ寒い日が続くと思うが、要するにそういうことなのだ。

行事としては「恵方巻」、「豆まき」。

金曜日は笠岡校勤務のため、正午を過ぎての出勤だったため、
家で「恵方巻」を食べた。

今年の恵方は「北北西」。

だまってまき寿司を1本平らげるのは、ちょっと食べすぎ?
そんな気はした。

豆まきは、なんとなく幼稚くさくて、やっていない。

妻と中学生の息子でやったようだ。

部屋のあちこちに豆が転がっていたから。

最近の豆まき用の豆は小さな袋入りで、衛生的である。

私は夜遅く、転がっている豆を食べた。


2012年1月4日水曜日

新年あけましてめでとうございます

2012年が幕を明けた。

ほぼ何も変わらない年明けだ。

昨年同様、年末年始はいそがしくて、ブログにさわれなかった。

普通の人と違い、年末年始は仕事でいそがしい。

だから、12月30日から1月3日にかけては、何も入っていない。

もちろんブログにさわれないほどではないのだが、
それこそ年末年始の行事のため、それ以外の時間がつぶれるからだ。

だから休まざるを得ない。

こんな風にして、年末年始を過ごし、やっと休みという感じである。

もっとも冬期講習中ではあるから、まだ気は抜けないのだが。

さらに冬期講習が終わっても受験本番が控えている。

気の休まる暇はない。

特にここ2年は古文特訓が2日に入っていて、
正月の方がいそがしいのではないかと思われるほどなのだ。

でも、いそがしい、いそがしいというのはよそう。

仕事があるのはありがたいことだからね。

2011年12月13日火曜日

今年を表す漢字が「絆」ということに決まった。

2位が「災」で、3位が「震」。

二つあわせれば順番は違うが「震災」。

今年は震災に彩られた1年だったと思う。

「絆」はそこからの復興を意味する。

なにしろこの「今年の漢字」が始まったのが、阪神淡路の大震災のとき。

もちろん、「絆」にはなでしこジャパンのワールドカップ優勝の意味も込められている。

「雨降って地固まる」という言葉がある。

「震災起こって絆深まる」そうありたい1年だった。
いろいろな意味で・・。

2011年9月17日土曜日

お葬式

今日も近所でお葬式があった。
同じ苗字のおばあさんで、同じ株内なので、遠い親戚にあたる。

喪主が合コンの幹事みたいに、みんなの前でそれぞれの紹介をしてくれた。
私自身も紹介されたわけである。

塚村株の総本家みたいないわれ方をしたうえ、息子が付属中に進学したことも言っていた。

それはちょっとという気がしたが、まあ、私の仕事が仕事だけに
それもありかなとは思った。

仕上げの時に、近所の人と話をすることができて、
それはそれでまた楽しかったのだが、その内容については、また別に日にブログに書きたい。

とりあえず、今日はたまの休みが連続して、たまたまお葬式だったことを伝えておきたい。

先週の土曜日が代講。
ただし、出社日であっために、手当てがもらえなかったこと。
(代講自体は楽しかったし、代わった元の先生の役に立てたことは嬉しかったのだが)

それでやっと1週間ぶりの休みだと思ったら、お葬式。

そして今度は休みだと思った土曜日がまたお葬式。

現時点では、10日ほど連勤になっている。次の休みまでだと14日の連勤である。
(もちろん、お葬式だから正確には連勤ではない。)

そのくらいたいしたことはないのだが、
お葬式というのがなあ、である。

これが結婚式だったらもっと違うのに、と思わぬでもない。

近所では結婚式に呼ばれることはないだろうが、葬式には呼ばれることになるし、
それは仕事みたいな気はする。

まあ、そういうことだ。

基本的には仕事も楽しいし、葬式だっていやではないのだ。
でも、休みって考えるとなんか損した気分にはなる。

実際には自分のためになっているし、得した気分になってもいいのだが。
実際、休んで何をすると言うわけでもないし。

世の中考えよう、気の持ちようである。
得したと思うことにしよう。









2011年9月15日木曜日

お葬式

昨日は近所のおじいさんが亡くなって、お葬式があった。
おじいさんとは言え、私との年齢の違いは15歳くらい。

孫は私の子供よりは、ずっと大きく、高校生ぐらいな子が多い。
したがって、おじいさんというよりはおじさんである。

水曜日がちょうど公休日の私は、お葬式のお手伝いである。
もっともそれは講内と言って、同じ小字の町内会みたいなものが同じグループだからである。

ほんとうの意味でのご近所といえるかもしれない。

私自身は、受付を担当した。
近所のおじさん、おばさんからよく働いたね、とおほめの言葉をいただいた。

むろん、社交辞令には違いないのだが、
暇にしていた時間は厚弘さんという、7歳くらい年上のおじさんと話した。

くだらない話ではあったけれど、楽しい時間が過ごせたと思う。

近所づきあいは妻に任せているが、自身ももっと大切にすべきだとあらためて思った。

2011年8月16日火曜日

瓜の馬と茄子の牛

瓜や茄子に割り箸をつきさして動物を作る。

子供の遊びだと思っていた。

あれはお盆に昔から伝わる由緒正しい祭道具だったんだ。

来る時は、少しでも早く来られるように、馬。

変える時は、すこしでもゆっくり帰れるように、牛。

なるほどねえ・・。と深く感じている次第。


あれはこどもの遊びじゃあなかったんだ。

             (お盆にちなんで・・)