2013年9月17日火曜日

初の特別警報

台風18号で初の特別警報が出された。

そもそも特別警報って何?

災害の発生の恐れをその大きさと可能性によって、危険度を段階的に分類したもので、
災害の発生とともに発せられるのが、特別警報である。

警報よりはるかに基準が高く、「数十年に一度の大雨や暴風」が予想される場合に気象庁が発表する。

特別警報が発令されると、直ちに避難あるいは屋内の安全な場所に逃げなければならない。

この特別警報まだできたて。8月30日に加わったばかり。

もちろん、「数十年に一度といっても、5km四方のブロックごとのことなので、
全国単位に見れば、年に何度も起こりうる。

実際、7月28日の山口、8月24日の島根の豪雨もこの特別警報に値するものだった。

このように警報のレベルが増えたのは、結局豪雨が発生しやすくなったから。

だとすれば、これも地球温暖化の影響?



2013年9月13日金曜日

ウルトラマンがギネスに

ウルトラマンがギネスに認定された。

ギネスと言えば世界一。さて、何が世界一なのか。

「もっとも派生シリーズがつくられたテレビ番組」なんだって。

初代ウルトラマンは私が子供のころ、好んで見ていたテレビ番組のひとつ。

今で言うと、ポケモンかなんかに相当するのかもしれない。

まあ、仮面ライダーあたりも派生シリーズなら負けない気もするが。

とにかく、ウルトラ兄弟とかなんとか確かに現在でも作られているのだろう、
あまり見たこともないのだが・・。

帰ってきたウルトラマンあたりでさえ、見た記憶はあまりない。

なぜか、テーマソングは覚えているのだが・。

セブンぐらいが限界だと思う。

やっぱり、どこかで卒業してしまうから。

最近では、何とかレンジャーって言うのも多いけれど、あれはなんか最近ていう気がする。

やっぱり、古さでは仮面ライダーの方なんだろう。

でも、仮面ライダーよりも確かに古い。

そうすれば、こういう記録になるのもおかしくはないはずだ。

でも、こんな派生シリーズがあるのは、日本だけなのかな。

「柳の下にどじょうが二匹」的な発想が強いから。

アメリカのヒーローは、スパイダーマンにしても、スーパーマンにしても、
映画だから、どうしても単発になるよな。

お国柄って言うか、国民性が違うんだろうね。

2013年9月12日木曜日

伝説の教師

灘高の伝説の国語教師、橋本武さんが亡くなった。

「銀の匙」を3年間かけて読ませると言う独特の授業は、最初は批判も多かったらしい。

NHKのプロフェッショナルという番組だったと思う。違う番組だったかもしれない。

そのテレビ番組ので橋本さんの授業、橋本さんのひととなりを紹介していた。

その授業と現在の灘高の東大進学率とどのようにかかわるのかは、よくはわからなかった。

ただ、授業として、単に国語という枠にとらわれない学問の本質的なものを教えていたのではないか、
という印象は残っている。

遠藤周作も指導したというが、それは単なる偶然なのじゃないかと思っている。

東大進学率も遠藤周作もどこか深いところで繋がっているのだろうか。

少なくともそうであってもおかしくはないと感じられるだけの授業はしていたと思う。

最近は自分自身が中学受験の国語を指導したりしているので、そんなことを思ってはいる。

国語はすべての教科のベースになる科目だ。

そんな自負ををもって指導に当たりたい。

橋本さんの訃報に接して、そんなことを考えた。

2013年9月11日水曜日

集団的自衛権

国家安全保障戦略のを検討する有識者懇談会にて
座長を務める北岡伸一国際大学学長はインタビューに対して、
集団的自衛権を認める提言をしたいと答えたという。

もちろん、想定されるのは軍的に同盟であるアメリカが攻撃を受けた時、
自衛隊が出動できるかどうかである。

そこまで同盟を強化すれば、逆に日本が受けなくてもいい攻撃を受ける恐れがあるという大問題がある。

憲法解釈それ自体では、じゅうぶん可能な解釈だと思う。

自衛権を認める限りにおいて。

集団的自衛権を認めないのであれば、
自衛隊をより強固にしてアメリカに頼らない軍事力が必要になると思う。

平和を守るために軍事力が必要なほど、現実の世界は未熟だと思う。

解釈の違いはそういう根本的な世界観にあると思う。

オバマ大統領も世界が平和になるためには、まだまだ長い道のりが必要だと言ったが、
それも、そういう世界観に根ざしていると思う。

世界が成熟するにはまだまだ時間がかかる。

ただ、わからないのは、アメリカが仕掛けた戦争とアメリカが仕掛けられた戦争の違いである。

日本には日本の主権が働くからいいとしても、
アメリカが仕掛けた戦争をアメリカが仕掛けたわけじゃないというのはさほど難しくないと思う。

あたりまえだが、アメリカの主権はアメリカ国民にあり、日本国民にはない。

であれば、なんでもかんでもアメリカが攻撃されたから、
日本が出て行かなければならないことはないはず。

現実の問題としてその違いをどうやって見分けるのだろう?

集団的自衛権を認めない方が簡単でいい。







2013年9月10日火曜日

東京にオリンピックの招致が決定

1964年以来となる東京オリンピックが2020年にまた開かれる。

成長途上にある国としてではなく、成熟した国としてであろう。

イメージとしてはロンドンあたりとかぶるかもしれない。

ロンドンは確か、3度目であったが。

しかし、招致レースは長かった。だからこそ、関係者たちの喜びもひとしおだろう。

猪瀬知事の不適切な発言や汚染水問題、初めのころは地元支持が低かったこともあった。

実際、2016年の招致には失敗している。

ただ、今回の招致決定には二つの要素があったと言われている。

そのひとつが、パラリンピックの佐藤さんを始めとする、多くの人々の感動的なプレゼンテーション。

汚染水よりもその原因である、東日本の震災からの復興。

それにスポーツがどうかかわってきたか、その方が大切だといいたかったのではないか。

もちろん、安倍総理の大見得もあっただろうが、委員の人たちの感動を呼んだのは大きかっただろう。

また、一方で、委員の消極的な姿勢が東京を選ばせたと言うことも言われている。

それはリオやソチの準備がなかなか整わないことである。

ソチは来年の冬季、リオは3年後の夏季である。

経済的な問題もあるのだろう。

BRICSで開かれるこのオリンピックは、必ずしも順調とは言えない。

それに比べると東京は安心だ、ということである。

グローバルな視点からすれば、あまりいい選択とはいえないが、現実はそんなものなのだろう。

続けて冒険はしづらいと言うことなのだろう。

オリンピックに経済効果があるなら、だからこそ、新興国でおこなうというのもいい気がする。

経済的に苦しい国でおこなうのもいい気がする。

ただ、参加する選手に余計な不安を抱かせたくはないだろう。

やっぱり、「東京」が一番よかったのかもしれない。

特に今回は。