中国政府当局に拘束されている、中国人人権活動家の柳暁波さんに
ノーベル平和賞が授与されることになった。
平和賞は、ノーベル賞の中でも毛色がちがっており、
他はスウェーデンなのに、これだけノルウェーだったように記憶している。
違っていたらごめんなさい。
それはさておき、
平和賞は、どこか未来志向な気がするのだ。
昨年のオバマさんにしたって、
大統領になったばかりで、これといった実績があったわけではない。
ベトナム政府に軟禁されているアウン・サン・スーチーさん。
中国政府と仲の悪いチベットのダライラマなど。
30年も前の発見が評価される自然科学分野に対して、
平和賞は、こういう世界を目指すと言う、ノーベル賞の主体性が妙に色濃い感じがするのだ。
もちろん、それが悪いわけではなく、むしろ、そうあってほしいと思う。
それだけに、客観性がとりわけ重要になる。
それは二律背反ではないのだろうか。
そういう点が心配でもある。
でも、だからこそ、
賞自体が世界の先頭を走っているような、そんな賞であり続けてもらいたい。
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